台湾紀行 ┘織シーの乗りかた、日本を愛する李登輝さん

 タクシーの乗り方をしっかり知っておいた方が良い。
と云うのはこの国では日本語をしゃべる一部の人はいるが基本的には台湾語しか理解しない。
英語もしゃべる人はいるにはいるが数は少ない。

それでコミュニケーションでは不便が多かった。
レストランでの食事はメニューを見ながらできる。

要領としては
まず言葉は通じないとして行き先を分かるように告げることである。
ホテルに帰ってくるには必ずホテルの名刺をもらっておくこと。それをタクシー運転手に示すことである。
例えば英語の呼び名で告げても運転手には分からない。口頭でkapital hotel と言っても分からない。名刺に記載された「首都ホテル」がなければ分からない。

次に乗り場はタクシー乗り場とする。また走行中の空車のタクシー止める際にはタクシーの進行方向に向かって道路右側で止めることが必要である。(日本と違い車は右側通行)
でないと危険である。

タクシーの運転手は誠実である。料金メーター以上は要求しない。
それ以上の金を渡すと直ぐに釣りを出そうとする。少ない額でも。
そのわずかを「チップで取って下さい」というと本当にうれしそうににっこりして感謝の気持ちを表す。

これが爽やかである。日本以上である。
タクシーを利用しいい印象を持っています。

とにかくどこに行っても法外な料金をぼったくられるということは聞いたことが無い。
昔の日本そのものである。

今発売されている月刊誌「WiLL2月号」には李登輝元総統が大いに語っている。日本の将来を憂い日本を愛する1人である。日本の危機について語っている。
「もし自分が日本の総理だったらこうする」と云う提言がなされている。

台湾にいた時に李登輝前総統と金美齢さんを厳しく非難する記事を見たが台湾が中国によって徐々に中国化・統一されつつあることに深く憂慮し、現馬英政権に懸念を示し中国からの統一と戦っている。

中嶋嶺雄さんとも対談しているが歴史の真実が語られている。
台湾は中国の脅威にさらされている事が伝わってくる。
(了)

台湾紀行 Щ領嗅觧圓和臉攻掘

 ツアーコースで台湾最大の士林夜市を見学した。
雨が降り始めて、ガイドも帰って行ったので自由に夜市内を見て回る。

大きな屋根付きの建物の中に沢山の屋台が所狭しと立ち並び、仕事帰り、家族等と思われる人達が賑やかに談笑しながら思い思いの料理を食べている。
鉄板の焼きそばが美味しそうだった。しかし酒をのむ人は殆ど見かけなかった。

この風景は大規模な縁日の屋台みたいであり懐かしい。グルメの台湾人にとってもまさにわくわくものであろう。
値段も手頃で家で料理を作るよりはこちらの方が余程楽しそうである。

とにかく人出が多く盛況で、押し合いへしあいの状態であった。
段々雨が激しくなってきた。


鉄板焼き




とにかく人出が多い。





台湾紀行 Ε曠謄覿チ茲聾靴靴、のサービス合戦?

 台北では キャピタルホテルに泊まった。
広くて綺麗で最新設備を整えていてツアーにしては申し分なかった。

マネージャーに、「このホテルは素晴らしい。台湾でトップクラスでしょう」と話しかけた。
すると謙虚である。「そうである事を希望しています」を笑顔で繰り返すばかりである。
と云うことはこれ以上のホテルが山ほどあるということか・・。

さてフロントには日本語をしゃべれるスタッフが2〜3人いて何かあると世話をしてくれる。
風邪で熱を出したが掛け布団とか氷とか運んできてくれ、心配してくれた。

1番感心したのはこのホテルを介してマッサージ店に行った時のことである。
マッサージを終えてホテルに帰ってきて、翌日帰国のために早起きして荷物の準備していて「眼鏡」が無いことに気がついた。

旅行社が空港に送り込むために迎えに来る30分前である。

なくなったのは昨日のマッサージ店の可能性が高い事から、フロント担当者にその事を話した。
その店は24時間営業でホテルの者が2キロ程あるマッサージ店にバイクで走ってくれた。
時間は刻々と迫ってくる。

暫くして担当者は別の眼鏡を持ち帰って来た。しかし別物でそれではない。
マッサージ店に再電話して色々と確認してくれていた。

間もなく旅行社が迎えに来た。
出てきたら日本のこの住所に送って欲しい旨申し入れメモにして渡した。相応の送料を含めて。

ホテル側が一生懸命に対応してくれているのが伝わってくる。

そして日本に帰って2日後に家の電話が鳴った。
「こちらは台湾の・・・・」とホテルからの電話である。

「色々と探しましたが出てきませんでした」とのことだった。
まさか台湾から電話があるとは思ってもいなかった。

こちらとしては眼鏡を見つけるよりも申し訳ない気持でいっぱいになった。

ホテル同士のサービス合戦は熾烈なのであろうか。
インドで聞いたがホテルのオーナーは「地球の歩き方」等の雑誌に利用者から悪い印象記事を書かれると困ると言っていた。

真面目で人情味あふれる対応のキャピタルホテルの事を紹介しておきたいと思う。

しかし、マッサージ女性はあれもこれもと他のメニューはどうかとせがまれうるさかった。
今一つだった。
皮質取りは専門の人がいた。15分位、これは最高で家内は足が軽くなって靴が履きやすく、歩きやすくなったと喜んでいる。一度も取った事のない方は是非お勧めしたい。

(了)

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。もうしばらく頑張ります。
皆さまにおかれましては2011年が素晴らしい年となりますように記念します。

台湾紀行 ァ崗籠包」を食す

 台北では有名な上海料理店「鼎泰豊」で名物料理ー小籠包(しょうろんぽう)ーを食べた。

ガイドの案内で店につくと凄い行列で客が並んでいる。それでいて特別に豪華な感じのレストランではない。その辺にある普通の店である。
しかし1時間は待たなければ入れそうにない。

この店が有名になったのは1993年にニューヨークタイムスで世界の10大レストランに選ばれたことで注目されたことである。そして世界各地に支店がある。
従業員のマナーが良く出入り口では女性スタッフが75度に体を折り曲げて客を送り迎える。
女性便所も客が使用の都度スタッフがでてきて便座等奇麗に掃除をする。(その通りであった)

ガイドはやりてで我々一行10名を店側と折衝し、余り待つことなく早々に席に着く事ができた。
この美人の女性ガイド(9歳からこちらに住む日本国籍を持つアヤさん)は非常に有能でどこに案内しれくれても手際が良いので安心できる。日本語も良く分かる。
またよく勉強家で何でも知っている。

店内はあちこちのテーブルは満席で200人位入っていただろうか。
次々と料理も滞りなく運んでくる。

10人分に合わせた料理が皿で運ばれてくる。小籠豊、エビしゅうまい、あんこ入りのもの、焼き飯・・で終わる。
日本人観光客が多いような気がしたが台湾人も多かった。昼時の12時過ぎで客が特に多かったようだ。

ほど良い量で味は良かった、最高でした。はい!
アヤさんが言っていました。「台湾人は食べるために働くのです。グルメでしょうへのこだわりがあります」
値段手頃そうです。台湾台北が本店の名物料理である。


店の前の並んでいる様子




各料理 奥が小籠包、スープ、(右)こしあん入りデザート・・・


食事を終え帰る人を見送る店員 75度に腰を曲げ深々とお辞儀する。

台湾紀行 ぁ峩緤院廖ΑΑ千と千尋の舞台を見た。

 アニメ映画「千と千尋」の舞台といわれる九扮(きゅうふん)に向かう。
ここは台北中心から東へ約30キロをマイクロバスで、狭い道を上がって中心地となる基山街を目指した。

途中から雨が降り始めそれが段々きつくなってくる。近くになって傘では間に合わずみんな雨合羽を買って着こみ細い商店街通りを過ぎていく。まさに中国の密集した地方の風景である。

ガイドの説明では、この町は海抜400メートルにあり風光明美な場所として人気が高いといわれる。
かっては石炭の村であったが19世紀末になると金が発掘されゴールドラッシュで賑わった。
9家族しかいなかった人口が1930年代には一気に4000世帯に膨れ上がる。

そしてゴールドラッシュが終わって人口は減少した。が1990年この町を舞台にした哀しい映画「非情城市」が大ヒットし、ベネチア映画祭でグランプリ授賞したことで大反響を呼び、町は再び活気づき人口も2000世帯を超えるようになったという。

そして2000年頃だろうか宮崎駿のアニメ映画「千と千尋の神隠し」のユババの棲む家のモデル舞台といわれて更に輝きを増した。そういう不思議な空間がある。

それにしてもこの地は雨が多い。年間200日以上降っているという。

観光客はびしょびしょに濡れながら出店の間を縫って坂道を登っていく。
頂上にたどり着いたところにかって栄え、現在再建中の映画館跡があった。

その前に「ゆばば」の棲んだという宿があった。アニメ映像とはちょっと違うが雰囲気等外観が良く似ている。建物の造りは何処にもない幻想的な佇まいを示していた。

ここは旅人の喫茶店になっていて皆お茶を頂いている。日本の茶道とは違う中国風の入れ方、飲み方を楽しみ方ができた。お茶の香りは気高く香ばしくコーヒーよりは余程体に良いと思ったものである。

表現しにくいがやはり「千と千尋・・」の舞台と云う方が早い。中国を理解するのは深く難しい。
不思議な時間が過ぎていった。

忠烈祠、故宮博物院といい、この国には珍しく素晴らしいものが沢山ある。


途中の商店 土産物屋をはじめこういう食べ物屋がずっと続いている。


かっては石炭が採掘されたところ


ゆばばの宿 〜 喫茶店


中で台湾茶を楽しむ


急な坂道
 

台湾紀行 「故宮博物院」

 台北市の北にある故宮博物院を見物した。
それにしてもこの人だかりには驚くばかりである。

入口の孫文像が迎えてくれる。

残念ながらここでは写真撮影は一切禁止である。
案内通訳がチケットを購入し、中ではイヤホンを使って説明してくれた。

ここには中国歴代の皇帝が所蔵していた国宝級の物が数多く展示されている。それも遡ること5000年に及んでいる。

これらは元々は北京の紫禁城に所蔵されていたが中国の絶え間ない戦乱を避けるために、北京から南京に運ばれ、そして台北へと移送された。中国本土にあった重要なものの大半がこちらに運び込まれたという。中国が黙っているのが不思議なくらいである。

内容多くは中国歴代王朝から伝わる青銅器、陶磁器、玉器、書画、象牙製品、漆器、彫刻等が展示されている。

風水思想が広く伝えられていて、丸い大きな石が飾られている。風水に沿って縁起を良くするための置き石、部屋の間取り、家具の置く場所等が定められるという思想が尊重され、今でも全国各地に専門の風水士が多いと聞いた。

黒タンの細かなカラクリ箱が展示されていた。説明によると皇帝の遊び心を満たすものという。皇帝も孤独で淋しい思いでいることから自分で楽しむものが必要であったと。

また色んな彫刻にコウモリが描かれているがコウモリは縁起が良く福を招くという。4匹のコウモリは至福と呼ばれる。日本ではあまり好まれないが、豚は家を守りフクロウは縁起が良く福を招くと云われる。

正倉院展で見たものが無いか色々と探したが見当たらなかった。

とりわけ印象に残ったものは次の3つ

〇 青銅器時代(西周晩期)ケ公鼎
  内側に500文字が記されている。現存する青銅器の中で全文が最も長いもの。毛公は周宣王に重用され、君命を執行し、豊富な称揚を賜った事等が記されている。



当時の象形文字

〇 江戸時代頃 ヒスイの白菜
  お妃の嫁入り道具だったと考えられる。職人は玉の白い部分をくき、エメラルド色の部分
 を葉とし白菜に彫上げた。
 白菜は花嫁の純潔を象徴し、葉の上には繁殖力の強いキリギリスとイナゴが這い上がり、
 子孫繁栄の願いが込められている。

キリギリスとイナゴが止まっている。

〇 お肉〜豚の角煮
  職人は玉石の自然の筋目と色の変化に沿って彫刻、染色し、まるで醤油で煮込んだよう
 な肉形石を作りあげた。自然と人為を絶妙に調和させている。


◎ 遣唐使・遣隋使時代の作品
 銅器がありました。詳細は不明。



台湾紀行  ◆崔蚓祠」 

 台北で最初に訪ねたのは忠烈祠である。
ここは辛亥革命や対日抗戦などで命を落とした33万人の軍人の英霊を祀っている。
日本の靖国神社みたいなものであろうか。

朝から小雨が降る中、午前9時前に到着した。
もう既に忠烈祠の門の前には2人の衛兵が向き合って直立不動で敢然と立番し、そのまわりに観光客等の人だかりができている。

感銘を受けたのは衛兵は5キロの銃を持ち微動だにせず、かつ、目は見開いたままでまばたき一つしない。どうしてこのようは訓練ができたのか想像できない。

1時間後の勤務交代時には実に規律正しい交代の儀式が行われた。
それを観光客が見つめ、見学し、写真に撮る。やはり目を閉じないと。

国の強さ、威信、誇りの見せどころであろうか。
聞くとこの兵士は特別に選抜され陸軍、海軍、空軍からなりそれぞれ3カ月単位で午前9時から午後5時まで毎日任務に就き英霊を監視しているという。

この国は徴兵制があり18歳から任務に就くという。韓国人男性がしっかりしている。それは徴兵制があるからという話を聞くがいわばアジアではどこもこんな状態なのである。

このようにして強い精強な軍隊ができあがるのであろう。
中国も簡単には台湾に手を出せないはずである。
台湾はいつでも戦時下にあって戦うことを宣言しているようなものである。

台湾・・・どちらかと云うと甘く優しいイメージが吹っ飛んだ!

(了)


直立不動 瞬きもせず。


雨の中を勤務交代へ移動



勤務交代


観光客は自由に写真撮影


祭壇

台湾紀行 ゝ国しました。

 今日帰国しました。台湾の台北から。
台湾は雨が多いですね。これが第1印象です。
「台湾では金は忘れても傘は忘れるな」と云う言葉があるそうです。

それにこの時期、台北は思った以上に寒くて温度は16度位で観光客は皆コートを着ていました。

一方で煙草、水飲み、ガムを噛むこと等は道路上や駅構内は禁止されているとのことでした。
いつも路上を掃除をしている高齢者を沢山見かけました。

通訳の台湾人曰く「アジアでは日本の次に安全です」と。
タクシーの運転手も正直ですね!メーター以上は要求しません。国民性に誠実さを感じます。

食べ物は各地の中華料理、日本食もあって味も良いですね!ここなら日本人にとっては食生活は困ることないですね。

色んな日本人観光客にも会いました。それに台湾文化の深さにも触れました。
故宮は中国の歴史文化遺産をここ台湾に置いているのですね!
5000年の歴史が詰まっていました。

また少しづつ書きます。
 



空港から出たところ エスティワールドが出迎え



空港からホテルへ向かう 走行中の車は日本製が殆どでした。



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