見た、聞いた、「加唐島」紀行 I敢僉ι霰王生誕地

 加唐島に上陸すると直ぐに目につく碑がある。
百済・武寧王(AC461年・百済中興の祖)の生誕地であることを示すものである。
 
直ぐ傍に説明書きがある。

<内容>
百済は4C〜7C にわたり韓半島南西部に栄えた国で我が国とは早くから交流を結び飛鳥
文化の形成に大いに影響を与えた。

百済中興の祖・第25代武寧王(しまおう)の名を有し、約1,500年前・西暦461年大和政
権との交流の途上、この加唐島で誕生したことが日本書記に記されている。

1,971年韓国広州市古墳群より武寧王陵が発見されたのを機に両国の学術研究を基に交流がすすめられました。

とりわけ、唐津〜広州市における市民レベルの交流は盛んで、ここ加唐島では2,002年か
ら毎年、百済・武寧王誕生祭が行われ、盛大に交流が行われている。・・。


地元に人に聞くと
年1回、加唐島においても交流が進められ、韓国から多くの人が訪れ、島民との間で韓国側は音楽や踊り等を披露し交流会が開催されているという。
港にあった韓国語の歓迎の文字があるのはそのためという。


武寧王の碑


(了)

見た、聞いた、「加唐島」紀行 ◆|と椿油

 歩いて歩いて畑を見て回った。
本当にひどいと思った。植わっている野菜は殆どない。植えれば荒らされるからである。
「馬渡島」よりはひどい状態である。

農作業中の高齢男性に更に聞いたところ、
・ ここは水が無いので米は作っていません。一時、みかんを作ろうとしたのですが島という
  事もあって市場には船で運ばなければならないし採算に合わない。それでやめた。
  
  その中で期待しているツワブキはイノシシは食べない。しかし、根のあたりにいる虫を食
  べる為にそれも掘り起こす。
  イノシシ対策に罠を10台県から配分されたところである。

・ 椿の髪に付ける油がいい。(そういえば椿の木が沢山ある)
  県の方で椿の実を搾る機械を2台配分してくれた。今年は特に椿の花が美しく咲いてい
  るので楽しみである。
 
  呼子(唐津)に行くと市場に椿油を売っている。これは化粧品にも人気があってよく売れ
  ている。それで椿の木を植え始めている。

   注: 唐津市内に住む家内の友人・女性は椿油を愛用しているそうで「髪は艶々、整髪
      力が強く脱毛予防になり、また体全身に塗るようにしている。」と話した。
       ・・・・・・そういえば昔は私の母親も椿油ばかりでした。

更に漁業はどうかと聞いた。
・ 漁業も駄目である。漁獲高が年々減っている。以前は船を持ってやっていたが採算が合
  わないのでやめた。原因は地震である。
  
  日本はあちこちで地震が起こるが東北の方で起こっても、日本列島全域に、こちらまで
  響くので魚は逃げていく、減っていく。
  農業も、漁業も島の生活は大変である。
  だから若いものは島から出ていく。
  今、島の人口は年々減って250人位である。

島でツワブキの取り入れをしている女性に話を聞くことができた。きれいなツワブキを出荷の
為に茎と先端を切って箱入れしている。何でも広島の方に送るという。
そして、今の政治の体たらくを憂えていた。
「首相候補者がいないと・・」その中でK元総理の息子に期待するような話さえあった。

そして、この辺りは玄海原発の足下で、
・ 玄海原発から5キロ位と近い。晴れていたらここから良く見えます。
  最近は非常に怖い思いをしている。
  ここには1号機、2号機、3号機がある。

と他人事ではない、という怖い話しぶりだった。


上部の椿の咲いている場所が加唐島




韓国語の歓迎文字


椿の木を植えている


椿の花 鮮やかです。


厳重な鉄格子の中で。ここまでやってるのは極めて少ない。


ツワブキの出荷 見事に立派です。


椿油 加唐島の純椿油〜1つ1,050円とお得です。

見た、聞いた、「加唐島」紀行  〜えるイノシシ

 呼子から船で20分。4月2日午前10時45分、1000トンはあろうか定期船は一路「加唐島」に向け水しぶきを上げながら進んでいく。(日に4便ある)

あちこち島が見える。魚を釣っている小舟も見える。
佐賀県には島が7つある。この数は大分県も同数で九州では最も多いという。

イノシシはこの玄界灘を泳いで自力で渡るのである。水かきもなく・・。こちらのタクシー運転手が釣をしていて集団で泳いでいるのを目撃したそうである。疲れたら交互に背負いながら懸命に進み、中には疲れてそのまま死んでしまうのもいるという。心臓は強そうである。

さて「加唐島」に到着した。
目についたのは石壁に大きな韓国語(ハングル)文字である。どうやら歓迎の文字である。
(これについては別途記します)

降りる人は車で大体同じ方向に帰っていく。わずかながら歩く者もいる。
ここも同じ、タクシーもレストランもない。馬渡島の約半分の規模である。

残された時間は4時間。迷い子にならないようメイン道路を歩くことにした。
中高生と思われる子供達がバラバラでこちらに歩いてくる。会う者毎に大きな声で挨拶する。先生もいる。

上り坂が続く。まわりは雑木が蘇生していて自然そのものである。
やたらに椿の木が多い。
畑が所々にあるが野菜らしい野菜はない。ネギや玉葱等は殆ど植わっていない。そんなところには木や鉄条網で囲っている。

ツワブキが非常に多い。植えているものもあれば自然に生えているのもある。
どうやらこの島は椿とツワブキがメインである。

歩いていると電動車いすに乗った高齢女性が通りかかった。足下に枯れた竹を5〜6本乗せている。
歩きながら話を聞いた。話の内容。

・ 島は子供の数が減って高齢化が進んでいること。成長しても島に残らない。農業・魚業が
  半数ずつですがイノシシが出て何もかも食べ尽くしてしまいます。漁業も漁獲高が減って
  収入も少ないと聞いています。どうにかなりませんかね・・。

・ イノシシ対策で網を張ったりしているのですが80キロ位のイノシシが出るとどうにもなりま
  せん。年に2回も子供を生むので増え続けています。
  そんなでツワブキ(イノシシは食べない)を植えていても掘り起こして根元にいる虫を食べ
  るようでどうにもなりません。

・ 椿の木が多いです。小さい木を植えて増やしています。髪に付ける椿油をとるためです。

歩いていて人に遭わない。
いわゆるジャングルみたいである。
それに歩いていて座るところが無い。・・・。歩けども歩けども。。

(続く)



見た、聞いた、佐賀県「馬渡島」紀行

 唐津に帰った際に佐賀に浮かぶ「まだら島」を訪ねた。
以前、マダラ島出身の人に会った際に、この島に野生のヤギが沢山棲息していると聞いたのを思い出したからだ。

呼子から一日に船が4便出ている。11時頃出て午後5時頃帰ってくる。片道40分かかるので島にいるのは4時間位である。

何とかなるだろう、という思いで出発、3月31日だったので学校の先生と思われる人達が5〜6人乗っている。荷物も沢山あり赴任であろうか。

島に着いて立ち止まってしまった。タクシーもバスも食事をするところもないという。ただ舗装された道路が何本か走っている。

案内板があった。

人口500人。170世帯。面積4,2平方キロ
この島は古代から朝鮮半島への航路の要衝として重要な役割を果たした。中国から初めて馬が渡ってきた事から馬渡島と呼ぶようになった、と記されている。

すすんで行くと直ぐに100軒を超えると思われる集落があった。そこには郵便局があって、駐在所があって、小・中学校があって、各家が階段状に並んでいた。

駐在所を訪ねた。小さいがきれいな建物である。ミニパトカーが配置されている。駐在さんが出てきて地理を親切に教えてくれた。
自販機で水を買い出発。とにかく行けるところまで前に進んで歩くことにした。
「こんにちわ」と元気な声が飛んできた。赴任してきた若い男の先生だった。

車も殆ど通らない海岸べりの山道は菜の花が美しく映える。40分ほど歩いて名所の1つ「カトリック教会」に到着した。誰もいないが解放されていて中に自由に入ることが出来た。
きれいに清掃が行き届いている。床はピカピカである。

帰りに道が分からなくなり民家を訪ねたところ初老男性がいて色々と親切に教えてくれた。

・ この島には野生のヤギが沢山います。数は分かりません。牧師さんがヤギを飼っていて
  引越しの際に置いていったのが野生化したと言われています。
  しかし、この野生のヤギを捕まえて飼っている人もいます。

・ ところがこの2〜3年イノシシが島に入ってきて農作物を荒らしています。大きなイノシシ
  で80キロ位あります。
  そのためヤギはイノシシに追い詰められて島の北の方に移動しています。北の山中は
  ヤギの糞で一杯になって足の踏み場もない位です。
  イノシシは困ったもので昨日ですが植えている玉ねぎをすべて(食べもしないのに)掘り
  起こしました。いかにも耕運機で耕したみたいです。これにはがっくりです。

・ 私は長崎から来たのですがここの生活は大変です。島へ渡るのは船しかないのでとに
  かく不便。
  目が覚めたら、今日は船が出るかな?郵便物は届くかな?といつも気にしています。
  息子は漁師、嫁も働いています。
  
 (緑が豊富で良いですねと尋ねたところ)
  とんでもない。秋から冬になると木の葉が散り掃除がこれまた大変です。
  子供がいても殆どここには残りません。みんな出ていきます。
 
  〜最後に、せっかく来られたのにお茶も出さんと申し訳ない、という言葉は心に響いた。
   島民ならではの優しさであろうか。

また、集落内で聞いた話。
・ 昔はこの島にはパチンコ屋があった程で賑わった。 
・ 今は若いものが皆島を出て行っている。

・ イノシシが2〜3年前から島に住みついている。大きなイノシシがいる。これらのイノシシ
  は「加唐島」から泳いで渡ってきている。イノシシは泳ぐ、ここまで10キロはある。
  イノシシは昼間はじっとしているが夜になると子供を連れて出てくる。1年に2回子供を生
  むので繁殖は早い。また農作物を荒らすので農家は困っている、大変である。

<感想>
島の生活は高齢化社会において憧れを持つものが多いと思うがせっかく作った農作物を何
でも食い荒らし台無しにするというイノシシの出現により、人間の居場所が少なくなっている
ようである。
イノシシ退治が急務である。
適切な手を打たなければ島はイノシシに負け、その内無人島になりかねない。
賢いイノシシは島から島へ渡って生活の場を広げているのが気になるところである。

次に加唐島も是非訪れたいと思った。
 

船着き場近くの「案内板」


小・中学校はこの階段を上がって。


教会


イノシシの檻


野生のヤギを飼っています。


わかめの刈入れ 

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